ユア・ストーリー

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どうしようかなあ、山崎貴だしなあって躊躇していたところトゥイッターで賛否両論の感想が飛び交っていたのでこれはやはり観るしかないぞと行って参りました。公開直後ですのでネタバレには極力配慮するつもり(予告編の映像を基にした話くらいまで)ですが内容にさほど影響がないであろう要素には触れています。

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描かれているのはパパスのぬわーーーーっから仇のゲマを倒すあたりまで、まあ予告がそのまんまですね。幼少期は結構端折ってるんですけどそれはまあ全体の尺を考えるとこういう端折り方でもいいかなと思いながら観てました。原作であるDQ5のシナリオと異なる部分っていうのはそれなりにあって例えばマリアがいないとか(主人公とヘンリーの2人で教団から脱出している)許容できる範囲内ではあるんですが、ヘンリーが結婚して子供が産まれてっていう描写がないため結婚の話が自分に降りかかってくるのが突然かなーって感じはしますね。

モンスターを倒したときは生物・非生物限らず石くれになって霧散するんですけどこれは「倒した敵がいつまでもそこに残っていると邪魔なので消える」ゲーム的な表現なのか勇者の血族に倒されることでそうなるのか・・・。

破綻しない範囲でお話は組み立てられていますし「ああ、やっぱDQ5ってイイハナシダナー」みたいに観てたんですけど劇伴のBGMがDQ5以外のシリーズのものも流れるのはちょっと・・・。作品の色がありますからDQ6のBGMとか目立つんですよね、ぶっちゃけてしまえばエンドロールで流れるのDQ3のエンディングだし。

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で、まあラストの展開が阿鼻叫喚のあれなんですけど、ああいう手法そのものはよくあるものかなと思います。「あの展開を思いついちゃったんですよ!」ってはしゃぐようなものではない。現代風のアレンジを効かせた結果「ユア・ストーリー」に繋がったんでしょうけど、だからこそバカにされたように感じるんですよね。「お前らどうせ消費するだけだからよく覚えてないんだろ?ドラクエのBGMの区別とか付かないんじゃないの?」みたいに。制作サイド的には「本当に伝えたいことはあの場面だよ!」って言いたいんでしょうけど(核心に迫るネタバレの為伏せます)、観てる側としてはその前のラスボスのセリフが深々と刺さってるよなー。ユア・ストーリーってすごく都合のいいサブタイトルですよ、要はお前らみんな受け取り方は違いますからって逃げ口上。

うんうんそれもまたユア・ストーリーだね!って煽られてる感じ

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関係ない話ですが自分はトライアングルサービスのSTG嫌いですね、「ストーリーはありません、プレイヤー一人一人の心の中に」っていうあれ。目的ないの?って。ユア・ストーリー観たら思い出しました。

 

ヒットする映画の監督って「自分が面白いと思うものを作った、みんなも楽しんでくれると嬉しい」みたいなスタンスですけど邦画の監督の場合役者と観客とそれぞれにマウント取りたがる傾向があるように感じるんですよね。役者に対しては完全なコントロール下に置きたくて以前TVで見た記憶があるのですが邦画によくある「人混みの中で役者に叫ばせる」あの意味不明なカットを撮ることでカタルシスを感じる監督もいるとかいないとか・・・ええー。

観客に対しては感情のコントロールでしょうね、泣かせる、驚かせる、楽しませる・・・。近年は観客も肥えてきてますから予想しやすいあらすじでは客が呼べないのでヤマ場でどんでん返ししたがる傾向が強いかなー。オリジナルの作品ならともかく原作付きの場合受け手は原作通りに粛々と話が進んでいくのを良しとして改変を好まないので(まあそれも今まで好き放題やってきた結果ですよね)「誰も見たことがない○○!」は見えている地雷として機能してますよね。

令和のデビルマンとまで言われてますけどデビルマンと違って声を当てている役者さん達の演技は素晴らしかったと思いますよ、最終コーナーを回った後のホームストレートで大クラッシュやらかしただけで。クソ映画マニアとしては間違いなく伝説になる映画の1本だと思います。

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鑑賞後の反省会はマルキン本舗で濃厚なピリ辛味噌を